家事を委ねるなら「信じて」手を出さないことからはじめよう。

家事を委ねるなら「信じて」手を出さないことからはじめよう。

「手伝い」にも責任はともなうんだよ!

家事は「誰か」がやってくれること。
その誰かのなかに、自分は入っていない。なんてことは、家事の担い手以外の人にとっては無意識の事実だったりする。

「”お醤油”忘れずに買ってきてね」買い物を頼んだのに、買ってくるのを忘れてしまった。
「ごはん炊いておいてね」夕食の準備として炊飯を頼んでおいたのに、なにもやってくれていない。

家事シェアの取材なんかでも度々聞かれる「頼んでおいたことをやってくれてない場合はどうしたらいいのか」問題。
どんなにお願いしても、約束しても、全然やってくれるようにならない。そうして悩む妻は結構多いのだ。

こうしたとき、わが家では「頼まれた本人が責任を持って後始末をつける」ようにしている。
ぼくも、妻に「郵便ポストに出しといて」と頼まれた手紙を出し忘れてしまったり、娘の幼稚園の提出物を出すのを忘れてしまったり、妻からの頼みごとをうっかりしてしまうこともある。

だけど、そうしたときに大切なのは「責任を放棄しない」ことだと思うのだ。
委ねられたタスクは、処理を忘れてしまっていても引き続き自分の手元にある。やり忘れてしまった途端、頼んだ人の手元にタスクが戻ってしまうようなことを「手伝い」とは言わない。

郵便物だったら「ごめん、明日必ず出すよ」だし、どうしても今日中に投函しなくちゃいけないなら「いますぐ出してくる!」だ。
お醤油を買い忘れたことがクリティカルな場合(たとえば、晩ごはんがお刺身、とか?)だったら、同じく「いますぐ買ってくる」だし、別に明日以降でいいようなら「明日、必ず買ってくるよ」になる。

「信じて、委ねる」

やり忘れた家事を、いつの間にか誰かがやってくれている。
そんなことの繰り返しが、結局家事の担い手からの「家事を手放す」を阻害しているのだ。一度手放したら、ちゃんと最後まで責任を持ってやってもらう。その腹くくりは、委ねる側の気持ちとしてとても大切。

「あー、やるの忘れちゃった。ごめんよ」と言われた後「いいよ、後はわたしがやっておくから」だと、その家事の責任ごと引き取ってしまうことになる。
だから、忘れちゃったと言われたら「そっかー。それじゃどうする?」と、その後の処理についてまでちゃんと本人に考えてもらう。
つい手を出したくなったり、口を出したくなったりするが「自分で決断する」ということが家事コミットの最低条件になる。

「言われたこと」は面倒くさくてしょうがない。
「お醤油買うの忘れちゃった、ごめん」→「それじゃ困る。いますぐ買ってきて」と言いたくなるのだけど、家事コミットが低いパートナーだったらこうした指示をすることも危険だと思う。
「忘れちゃった、ごめん」→「そっか。お醤油ないとお刺身食べられないな。どうすればいい?」と、本人に考えさせる。このケースだったら十中八九が「それじゃ、買いに行ってくるよ」となるだろう。要は、自分で言うことが大事だ。

もし「柵ごと塩漬けにすると、醤油なしでもうまいんだってよ」などと斜め上な解答が返ってきたら「そうなんだー! それじゃ、それ作って!」と夕飯の準備ごとお願いすればいい。(※どうでもいいけど、ブリを10分くらい塩漬けした塩ブリは本当にうまい!

「自分で責任をとれ!」というような強い姿勢である必要はないと思う。
そうではなくて「ちゃんと最後まで責任を持ってやってくれるよね」と相手を信じて委ねる。
信じて委ねたのなら、最後まできちんとまっとうしてもらう。

信じきれずに、引き取ってしまえば、最後まで残るのは「信じきれなかった」という思いと「やりたくもないことをやらされた」という不毛な思いだけだ。
だから、ちゃんと委ねる。
「できていないことを、できるようになるまで、こっちがガマンしなくちゃいけないんですね」なんて言われるけど、相手を信じるということはそういうことではないと思うのだ。

それは、「できない相手に対してのガマン」ではなくて「あなたの”委ねる力を身につける”トレーニング」なのだ。

 

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