家事育児と仕事とアンパンと

家事育児と仕事とアンパンと

「育休取って、1年間くらい家事育児に専念したけど仕事よりはやっぱり楽だった」
「いやいや、家事育児に専念してみたら仕事よりもずっと大変だった。仕事している方がまだ楽だ」

仕事の方が大変か。
家事育児の方が大変なのか。

こうした論争を見ていると、いつもカツ丼マンと天丼マンがぶつかり合っている姿が思い浮かぶ。

ん?カツ丼マンと天丼マン、知ってる?
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アンパンマンに出てくるキャラクターで、いつも「カツ丼がうまい!」「いや、天丼の方がうまい!」(「いやいや、やっぱり釜飯が最強だべー!」と、主張する釜飯どんもいるが)と答えの出ない議論で熱く主張し合う仲良しトリオだ。

まぁ、「仕事」か「家事育児」かでもめている人たちは大体本当に仲が悪いので、カツ丼マン達とは本質的な部分では違うのだが、 まったく答えがでるはずのないことに「答えが出る」と信じて主張し合う姿がそっくりである。

仕事の方が大変だって主張だって、就業状況やその仕事に対して本質的なやりがいを感じているかや、中の人間関係が良好な環境なのかや、与えられている責任の重さやプレッシャーなどで「大変」の感覚は人それぞれ全く違う。
ちなみに「大変な仕事」=「偉い仕事」でないことはいちいち言うまでもない。

家事育児だってそうだ。得意不得意だってあるし、まわりの環境(ナチュラル系にハマるママ友やパパ友が多いとか、手作り信仰が浸透しまくってるとか、祖父母がいろんな事に超口出ししてくるとか)もあれば、子どもの個性によっても全然違う。ほとんど風邪も引かない健康な子もいれば、あらゆる流行病を最先端でもらってくるミーハーな子もいる。

おとなしく一緒に買物をしてくれる子もいれば、「スーパー」=「遊園地」って感じではしゃぎまわる子だっている。

カツ丼が好きな人もいれば、天丼の方が好きな人もいるし。
国産最高級の黒豚を職人さんがジューシーにあげてふんわりとろとろな卵でとじた具を、つやつやの新米に乗せたカツ丼もあれば、スーパーで半額になってる油ベッタベタで卵も冷たくてベチャベチャ、ご飯まで油と大量のツユでグッチャグチャになったようなカツ丼もある。(逆もしかり)

こんなの、比べられないのだ。

物による、人による、その時の体調にもよる。そんな答えが常に変動する議論に答えはでない。
唯一、なんとか出せるとしたら「個人の好み」だけ。

「なんだかんだで、俺はカツ丼が好き」とか。
「なんだかんだで、俺は仕事の方が好き」とか。

わが家では基本的に「家事育児の方が大変」って感覚がずっとあった。
それはやっぱり慣れない育児が大変だったことや、時間の裁量権が圧倒的に奪われることなどが、そう思わせていた。
特に数ヶ月前、京都への移住を機に専業主夫になった期間は育児のしんどさを徹底的に味わった。

だけどこの時期、妻は「自分が仕事に出かけられるのは、夫が子どもを見ていてくれているから」と言うことをずっと言葉と態度で示してくれた。
そのことで僕は、はじめて自分の存在価値を子どもに対してだけでなく、家族という視野で得ることができた。
だからこそ「妻が仕事に出てくれているからこそ、預け先がない子どもを無理やり慌てて預けずに見ていられる」と同じように感謝ができた。

「仕事」と「家事育児」は、カツ丼マンと天丼マン的論争関係ではなく、”あんこ”と”パン”のような関係なのだ。

あんこの甘さをパンが調和してくれる。パンの物足りなさをあんこが満たしてくれる。
だからアンパンが成立する。あんこが偉いわけでも、パンが偉いわけでもない。

カツ丼(仕事)が好きか、天丼(家事育児)が好きかは好みがあるだろう。

でも仕事と家事育児は、あんことパンのように助け合い、補い合う関係なのだ。
両方が合わさらないと、アンパンにはならない。
仕事も家事も育児も。すべてが必要で大切で、それらが合わさってはじめて家族の生活が成り立っていることを改めて心に留めて置きたいと思う。

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