子育て業界の意識が変わらないと、パパの意識改革は進まない〜パパはママのお使いか!?〜

子育て業界の意識が変わらないと、パパの意識改革は進まない〜パパはママのお使いか!?〜

パパの子育てや家事についての意識って、夫婦のコミュニケーションやパパ自身の気持ちや意識の変化が大切だって思っていたわけです。
もちろんそれは大前提で大切なんだけど、そんな子育て家庭を取り巻く施設、ひいては子育て業界全体の意識が変わらない限り変わっていかないよなと新たに感じています。

以前書いたこの記事『イクメンってもてはやされるのなんて今だけなんだから、もてはやされておけばいいじゃん』は色々と賛否を頂き、みんな色々思う所があるんだなぁと思った次第です。
(とは言え大抵の否は記事の内容よりも、言葉の端々を突っつくような内容でしたが。)
そんな否の中でも「なるほどな」と思い、かつ今僕自身も感じているのが「みんなが言う『がんばってるね!』をなんだか素直に受け取れない」ってこと。
つまり「パパも育児がんばってて偉いですねー!」なんて言われても「本当にそう思ってる!?」って思わせる何かがあるってことなんです。

それを特に感じたのが「子育て業界のふるーい価値観」に触れた時なわけです。

幼稚園はママの園

保育園って基本的に共働き家庭が通わせているので「パパなのに色々関わるんですね!」って空気をほとんど感じない。
でも幼稚園ってそうとも限らないので「パパなのに」って空気をめちゃくちゃ感じる(n=1の個人的意見です)

「最近はパパも色々関わってくれていますから」「パパだってもちろん構わないんですよ」「パパでも」「パパも〜」・・・。
いや、もうそこ「ご夫婦で」とかもしくは何も言わなくてもいいんじゃないだろうかってくらい、とってつけたように(実際とってつけてる)言ってくる。
自分が異分子になった感を、これでもかと言うほどに感じさせてくれるわけです。

幼稚園だけでなく、一時保育の受け入れ保育所でも「解らなかったらママに確認して下さって大丈夫ですからね」「お預けに来られるのはママですか?」等々。

施設の方々から「ママじゃなくてパパが来た!大丈夫かな〜?」って不安が溢れ出ちゃってるわけです。
目は踊り、「最近のパパは子育てしてて偉い!」って必至に取り繕いながら、でも不安でいっぱいな感じ。
いやいや、俺は「はじめてのおつかい」かよ。。。

とにかく担当者から不安と緊張と不信感が溢れ出ているんです。
そんな中「あ、これは今わからないな」なんてことがあろうものなら「いいんですよ〜!後でママに確認してくださいね〜」って鬼の首を取ったかのように。
もう悔しいって言うよりも「パパが来ちゃってすみません」って気持ちになる。

不信感を褒めてごまかすべからず

「パパも育児しててすごいですね」の先にある不信感。
褒め言葉の裏には「なんでパパが来たの?」「パパ働いてないのかな?」「パパで大丈夫なの?」「ママが来てくれたほうが話がわかるのに」という気持ち。
不信感を感じるわけです。そして「ここはあなたが来る場所じゃ、本当はないんですよ」って空気を感じてしまう。

保育関係の施設などで、特にその感じを強く受けるのです。
たぶん9割以上ママが来るんだから、ある意味では自然な気持ちなのかもしれない。でもパパはその言外の気持ちを過剰に受け取ってしまっているものです。

その不信感を褒め言葉でごまかすから、言葉と気持ちにちぐはぐさを感じてしまうのだと思うのです。

 

ママが行ったほうが合理的

ショッピングモールのプレイルームなどでは、こうした感じをほとんど受けない。
パパが連れてきたり、家族連れで遊びに来たりすることが多いからだろう。こういった一時的なプレイルームではない、継続的な関わりを作っていくような場所には
まだまだパパが訪れてやり取りをしたり、話しをする機会は少ないのか、違和感を感じることが多い。

そして、「もう行きたくない」と思わせてしまう。

「コレとコレ、ママに確認しといてってさ」
「俺が行くより、ママが行ったほうが早いよ」

となるから、合理的に考えて無理にパパが行くよりもママが行ったほうがいいじゃん、ってなる。
男性が育児に本当に関わるには、こうした継続的な関わりを担う施設やサービスとのやり取りは結構重要なはず。

なぜなら、そうした施設とのやり取りを経て子育ての社会的ルールを学んだり、責任感が芽生えたりするからだ。
「知ってる」と言うことは自信につながるし、自信はアクションにつながっていく。
せっかく訪れたパパの気持ちを、施設側のコミュニケーションがそいでしまうのはなんとももったいない事だなって思うんです。

さいごに

子育て施設のこうした「パパのお使い扱い」はパパから微妙にやる気と自信を奪っていく。
もちろんそんな程度のことでやる気と自信を失うな!って意見もあろう。
でも夫婦間ならいざしらず、外部からの目線って結構痛いし気になる。
元々意思とやる気が高いパパならいざしらず、そもそも意思とやる気がそんなに高いわけでもないパパは自尊心を大きく失うであろう。
それは非常にもったいないなと感じております。

パパが施設に訪れることは意外で、若干の違和感はまだあるかもしれない。
でも、なるべく自然に訪れたパパを受け入れてもらいたい。と、言うか「ママからのお使い」ではなく「一親」として扱ってもらいたいと思います。

無料メルマガ”tadaima通信”の購読はコチラからどうぞ!

家事シェア実現のための
ここだけのメソッドを順次公開!
4 SPECIAL CONTENTS
GET!tadaima通信

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)