3歳児神話とのぶみ氏的自己犠牲美談に振り回されない子育てをしたい!

3歳児神話とのぶみ氏的自己犠牲美談に振り回されない子育てをしたい!

3歳児神話って本当?と、言うことでこんな記事を見ました。
【3歳児神話ってホント?】
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180212-00010000-benesseks-life

2歳の子育てをしているママがパートに出ようか迷っているが、実母に「3歳までは大切な時期だからずっと母親のもとで育てたほうがいい」と言われてしまう。と、言う悩み相談。

それに対する親野先生の解答は見事で、僕は「そうだよなぁ」と共感します。(詳細はリンクをご覧くださいませ)

子育てに関する事業を行っていると、周りにいる人達はみんなクールで、なにが本当に子どものためになるかを自分なりに整理している人が多い。(ように見える)

だから当然3歳児神話なんかに振り回されないし、そんなものは笑って吹き飛ばす勢いもある。けど、そうやって振り回されない信念を持てることって実は稀なのかもしれないとも思うのです。

絵本作家のぶみ氏の炎上

今まさに炎上している絵本作家ののぶみ氏の「あたしおかあさんだから」の歌詞だって根っこは3歳児神話みたいなもんです。

母親が自己犠牲を払えば払うほど、子どもに愛情が伝わるって思い込みがすごい。
実際子育てに「楽しさ」よりは「自己犠牲」を強く感じている人だっているでしょう。「3歳までは。。。」って悲痛な思いで色んなことを我慢している人もいるかもしれない。
でも自己犠牲=愛情表現というのは、たとえそれが本音であったとしてもありがた迷惑だなぁ。親野先生の解答にもあるように「イライラしている大人につきっきりで育てられることは、子どもにとって最大の悲劇です。」だよなぁ。

 

保育園は「親のエゴで子どもを預ける場所」なのか!?

わが家は家族みんな今の保育園や先生達が大好きです。娘は保育園に行くことをいつも楽しみにしているし(行きたくない日だってたまにはあるけど)、両親の僕達も先生達を心から信用して預けることができています。

そして娘は保育園から色んなことを体験して、学んで帰ってくる。いつの間にかアンパンマンが上手に描けるようになっていたり、お友達の話しをしてくれたり、トイレでおしっこができるようになっていたり。

保育園はただ「親が働いている間に子どもを預かってくれるだけの場所」なんかじゃない。「親だけじゃなかなかさせてあげられない経験をさせてあげられる場所」でもある。
保育園でのイベントや日々の過ごし方に接していると、片手間ではなくて専門的に接してくれる人がいることのありがたさや、子ども同士のふれあい、色んな大人とのふれあいから子どもが得る体験はとても得難いものだと感じます。

 

3歳児神話なんて傲慢だ!

そう思うと「3歳までは母親がずっと育てなくちゃいけない」と言うのは「母親がその子に対して誰よりもパーフェクトな環境を与えられる」と言う傲慢さ(もしくは思い込み)を感じてしまう。
そうやって子どもが自分のアイデンティティになるのは、なんとも怖いことだなって思うんです。自分のアイデンティティは他人への依存で生まれるものではないんじゃないかと。
のぶみ氏の歌詞も母親が自己犠牲を払いまくることで、逆に子どもへ依存している感をヒシヒシと感じるわけです。(しかもあの歌詞を男性が書いて、男性が歌うと言う異様さ^^;)

父親だって3歳児神話に振り回されちゃダメよ?

まったく育児情報なんか知らないから、他人の経験談やなんとなくのイメージだけで3歳児神話が正しいんじゃないかと思っちゃうパパ。

そんなパパの思い込みがママを追い込むケースだってないとは言えない。のぶみ氏的価値観を美談として語りたがるパパは要注意だな。それは美談ではなくて、誰かを追い込んでるだけかもしれないんだから。

さいごに

子どもを軸に考える部分と、自分達を軸に考える部分を見誤ると子育ては本当に苦しくなる。どっちも大切にしないと子育ては楽しめないと思うのです。
「3歳までは一緒に過ごしたい」と思うこと自体が悪いわけじゃない。「子どもが生まれて、自分のことよりも大切なことが増えた」ってのもよく分かる。でも、その思いが全部「子どものため」ってなると自分を追い詰めることになる。
「3歳まで一緒に過ごしたい」のは自分の気持ち。「自分のことよりも大切なことが増えた」のも自分が新しい価値観を手に入れたことによる結果、ならいいんじゃないかな。

無料メルマガ”tadaima通信”の購読はコチラからどうぞ!

家事シェア実現のための
ここだけのメソッドを順次公開!
4 SPECIAL CONTENTS
GET!tadaima通信

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)