どうしようもなく「家族になってきた」のだ!

どうしようもなく「家族になってきた」のだ!

今日はぶんハピねっとと言う国分寺の地域情報WEBサイトさんからの取材でした。

久々に夫婦そろってのインタビュー。(とは言え、一緒にではなく別々に受けたのですが)
インタビューは別々だったのですが、みんなでワイワイ言いながらの楽しいインタビューでした。

そのインタビューでは、起業に至った経緯なども話しました。
普段はひとりで受ける取材も、夫婦で受けていると色々と思い出してきて、この7年間徹底的に家族になってきたんだなと感じるのです。

男って自然と家族になっていくもんだって思ってる

わりと男性ってロマンチストと言うか、「毎日いっしょに暮らしているんだから、だんだん分かり合えるようになるのって当然のことでしょ」って思っている気がある。
それに対して女性は「そうかもしれないけど、話さないとわからないでしょ」って人が多いように思う。

ぼくも結婚前は「自然と分かり合えるような人と結婚したい」なんて思っていた時期もありました。
まあ、そんな非現実的な思いは結婚前の妻の「わたしはエスパーじゃない!」という言葉で打ち崩されたのではありますが。。。

つまり、「夫婦や家族ってのは振り返ってみればいつの間にか似てきたり、分かり合えたりしているものだ」と何となく思っていたわけです。

でも、なかなかそんな上手くはいかないものです。

真剣に家族に“なって”きた

仕事を通して、色んな家族と触れ合っていく中で、何よりも自分達家族が幸せであろう、と言う想いは人一倍強いと思っています。
ぼく自身が伝えていきたい価値は、やっぱり自分達自身が体現していたいから。
そういう想いもプラスされて、 ぼくなりに家族と向き合ってきました。

元々「言わないでも察して欲しい」ぼくは、妻から色んなことを聞かれ、答え、ぼく自身もできるだけ色々と話すように意識してきた。
子どものことも、小さな家事のルールも、仕事のことも。保育園や暮らしのことも。

そういったコミュニケーションの積み重ねによって、僕たちはひたすら家族への道を歩んで来たんだと、ふと思ったのです。

分かり合えない前提に立つ

ぼく達夫婦は、「基本的に他人同士だからなんでも分かり合えるなんてありえない」という前提に立っています。
これって大切で「分かり合えないからこそ、言葉にしないとダメ」ってお互いに思っているから話ができる。

話合いの中で、分かり合えることばかりではないけど、どこかで折り合いをつけることはできる。それを信じ合えることも大切だと思っています。

分かり合えない前提に立つこと。
話し合えば、必ず折り合いをつけられると信じあうこと。

ぼく達夫婦に関して言えばこの2つが、コミュニケーションの要になっている気がしています。

さいごに

どんな夫婦でもそうだと思いますが、詳細に振り返ってみると自然と家族になってきたって感じではないもんです。
昔、100人ヒアリングをしていた時にインタビューに答えて下さったご家族も、インタビューを通して自分達がいかに話合いや紆余曲折を経てきたかを改めて感じて下さっていました。

この家族になってきたんだっていう感覚に、自覚的であり続けることが仲良くあり続けるためには重要ポイントなのだと思うのです。

 

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