【パパ必見】「家事×育児」は「アポ」なんだってさ!

【パパ必見】「家事×育児」は「アポ」なんだってさ!

家事育児に対しての自覚の有無。これがあるかないかを明確に分ける事がある。
それが「家事育児をアポとして捉えているかどうか」。
アポとして捉えている人と、そうでない人の間には深くて埋まり難い溝があるのです。

きょうの家族言

朝からお手伝いモード全開な娘さん。
朝ごはんをつくっていると「おてつだいするよー!」と超ドヤ顔でキッチンに入ってきます。
パンを焼いて、ヨーグルト混ぜるだけの朝食だから別にやることもないのですが、ヨーグルトを渡して「これ混ぜてね」と依頼。
「いいよー!」と言いながら、ハチミツのたっぷりついたスプーンを舐めて、
「甘いのちょうだい」と。

手伝ってんだか、つまみ食いしてんだかさっぱりわかりませんな。

家事育児はアポである!

先日お呼ばれした『連携型子育て「チームわが家」で育む両立力&家族力を考えるフォーラム』。
この場で話そうと思っていたけど、話しそびれたことがありました。
それは 「家事育児はアポである」と言うこと。
イベントでは夫の家庭参加に必要なのは家庭内での「有用感」を感じてもらうことだと言いました。
つまり家庭内の役割の中で「自分がやらないとみんなが困るんじゃないか」と(実際に困るかどうかは別として)思えるような事があるって大切だと。

そして、もうひとつ有用感を高めるためにぼくが意識している事。

それが日々の家事育児をアポとして捉える(スケジューリングする)事です

家事育児を「できる時に」やればいいやって思ってない?

一人暮らしやディンクス時代の家事と、子どもが生まれてからの家事×育児で一番変わる感覚が「できる時にやろう」では済まなくなる事。
そして、ぼく自身一番「あぁシンドイ」と思うのもこれ。
子どもの存在・予定に全部強制的にスケジューリングされてしまうんです。
ざっと一例を表にしてみました。

疲れた時の家事の扱い.001

 

どっちが楽で、どっちが大変とかではありません。
問題なのは、家庭内に家事育児がスケジューリングされている人と、されていない人が混在している事。

これが解っていないと、同じ土俵でのコミュニケーションができない。
なぜなら双方の大変さを理解し合うことができないから。

この「できる時にやる」人と「強制的にスケジューリングされている」人の溝はなかなかに深いのです。

さいごに

ワークとライフ。バランスが大切とか、どっちが優先順位高いとか色々議論されますが。
僕自身はどっちも同じだよなって思っています。
だから、家事育児の時間はアポと考えているのです。
夕方6時には、毎日「保育園のお迎え」「晩ごはんの買い物」「晩ごはん準備」等の予定が入っている。
その後には「お風呂」「寝かしつけ」等の予定が入っている。

仕事が遅くなる時や他の予定が入る時ももちろんあるけど、その際は妻とのスケジュール調整が必ず必要になる。

そうすることで「6時以降は家にいる必要がある」事が夫婦の共通認識になる。

パートナーに「家事育児の主体性がない」と思われている(思っている)人。
その原因は「家事育児が強制的にスケジューリングされているかどうか」つまり「家事育児をアポとして捉えているかどうか」だったのです。

そう言った意味においても、スケジュールの共有は共働きの子育て夫婦にとってはなくてはならないことだろうと感じます。
お互いがお迎えや夜の育児(朝も)で、どのくらい予定をブロックしなくてはならないのかを知っておくと、自分ができることが何かってのが具体的に見えてくるものです。

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