1歳児は「森は見えず、木しか見えていない」

1歳児は「森は見えず、木しか見えていない」

木から木へ飛び移るような子どもの好奇心。
保護者懇談会で学んだ、先生からの言葉に深く納得しつつ、現実を再確認したのです。

きょうの家族言

「〇〇はパパ」「〇〇はママ」なんて事が娘さんの中で明確に決まっているようです。
例えば「歯磨きはパパ」「ごはん食べさせるのはママ」とか。
それは、その時の気分によっても目まぐるしく変わります。
そんな娘さんの言葉に一喜一憂しながら振り回される毎日です。

1歳児には、森が見えない

先日の保護者懇談会の中で、保育園の先生が言っていた言葉。(正確には、発達相談の先生が保育園に来てくださり、それを保育士の先生に教えてくれたことらしい)

「4〜5歳くらいになると、森が見えてから、木が見えるようになります。でも、1歳児は森は見えず、木しか見えていません」

つまり、目の前の事しか理解ができていないという事。

普段の娘さんの姿を見ていると確かになって思う言葉です。
遊んでいる時も、何かを探している時も、目の前のひとつの事に集中する。
それ以外の事には意識が向きません。

時間的にも空間的にも「全体」という感覚がまだない。
だから親が一生懸命「家に帰ってから遊ぼうね」と言っても「ごはん食べたらアンパンマン見ようね」と言ってもなかなか納得できない。

今、目の前にある面白さに対して「遊べる」or「遊べない」しかないのかもしれない。

後で、とか終わってから、みたいな感覚がいわゆる森にあたるのだと思います。

森が見えないんだったら、今は木に集中させてあげよう

今日、夜ご飯に家族で外食をした帰り。
店長さんから車のオモチャをもらった娘さん。

オモチャで遊びたくて、全然歩いて帰ってくれない。
ベビーカーにも乗らないし、抱っこもイヤ。

車を地面に走らせて「ぶーぶー!!」っと超ゴキゲンです。

とは言え、僕たちは帰りたい。
抱っこしようとすると、「イヤ!」と泣きだす。
歩くのも、何をするのも全部イヤです。

「家に帰ってから一緒に車で遊ぼう?」
「家に帰ったらアンパンマンあるよ?」
「一緒にお風呂入りたいな〜」

などなど。爽やかに説得を試みますが効果なし。
無理やり抱えて帰っちゃえば早いかなとも思ったけど、ふと森の話しを思い出しました。

そんなに急いでいるわけでもなかったし、じっくり向き合ってみようと思い、少し遊ばせてあげることに。

向き合うことで、万事解決!?

娘さんを無理やりこちらの思い通りに動かすことなく、笑顔で見守っていたら自分から「おうち帰る〜」と言って、無事に家に帰りました。

なんて事になれば、美しいのですが、現実はそんなに甘くない。。。

しばらく遊んだけど、もっと遊びたい娘さんにしびれを切らし「ブッブー!」と言いながらひと目もはばからないハイテンションで娘さんを追い立てたら、なんとか100mくらい歩いてくれる。

その後、地面に転がったり、意味の解らない方に向かったり、排水口に小石を突っ込んだり。
よほど困って見えたのか、通りすがりのおばあちゃんに「大丈夫?」と声をかけられ「大丈夫です!」と笑顔でかえす。

まじで「木しかみえてねぇな」と愕然としていたら、遊び疲れた娘さんはアクビをしながら「だっこ〜」だと。

ため息混じりに抱っこしたら、背中をトントンしながら慰めてくれました。

 

さいごに!

まぁ、2歳前後の子なんてこんなもんだと思えば、そんな木から木へ飛び移るような子どもの好奇心の変化も可愛かったりします。
ようは、親の気持ちの余裕しだいで憎らしく見えるか、小憎らしいくらいで済むか違うんです。

いつもいつも、父ちゃんだって気持ちに余裕があるわけじゃないんだよ。

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