娘さんの食欲が倍増した、みんなで一緒に「いただきます!」

「子どもにとって当然の気持ち」VS「親が思うようにしたいペース」
イヤイヤ期は、子どもには当たり前のことが親にとって「わがまま」に見えてしまうことが見え始める時期。
親がいかに冷静にそれを判断できる目を養えるか。それを試されている気がします。
 

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■きょうの家族言

 
先週から今日まで、夏休みを頂いていました。
鳥取にある実家に帰って、お盆の準備。
わが家は昔ながらのシキタリがまだしっかりと残っている家なので、お盆は墓掃除や招霊の準備がたくさんあります。
こういった伝統を昔は「面倒くさいこと」「やりたくないけど、長男だからしかたなくやること」と思っていました。
でも、この歳になって娘が生まれて、妻がこういった行事も楽しんでくれる今。
とても重要で、次の世代にも伝えていきたいこととして、思うようになりました。
娘さんが、わが家の伝統を引き継ぐかどうかはもちろんわからないけど、ぼく達は引き継いでいきたい。
そんな気持ちに自分がなるなんて、昔は思いもしなかったな。
 
 
 

■娘さんの食欲が倍増した、みんなで一緒に「いただきます!」

 
このお盆の帰省中。娘さんが楽しく美味しくご飯を食べるようになりました。
ここ何日か、食べさせてはグズって、あんまり食べないで泣いて騒いで、ぼく達に怒られていたのが信じられない程の食欲です。
東京の家とは出てくる食べ物が違うからなのか、それとも環境が違うからなのか。
不思議に思いましたが、それはぼく達親のたったひとつの関わり方が原因でした。
 
それが、
 
自由に食べさせる。
 
と言うこと。
たったそれだけのことで、娘さんの食欲が倍増したんです。
 
 
 

■実家で体験。大いに満足気な娘さんの食事風景

 
以前、保護者参観日にひとりでも、モグモグと自由に食べる姿を見て衝撃を受けました。
それを機に「自分で食べさせてみよう」と決めて、手づかみ食べなどもなるべく自由にさせていた。
 
だけど、やっぱり飛び散るしエプロンしていたって服も床もベトベトになる。
後片付けが大変で面倒なことを考えると、6割位はスプーンですくって食べさせたりしていたように思います。
 
実家に帰省した時、床座で下には新聞紙を敷いてご飯を食べさせました。子ども用の椅子なんてないから、ダイニングテーブルでは食べられなかったのです。
そこには大好きなトウモロコシをはじめ、手づかみで食べられる物がたくさんあった。
掴んでは食べ、嬉しそうにしている娘さん。
目の前のたくさんのご馳走に、ぼく達親も娘さんにあまり手を出さず夢中で食べていました。
気がついたら、娘さんはいつもの倍位ご飯を食べ、大いに満足気。
 
新聞紙を敷いていたから、食べこぼしもそんなに気にならない。
親は楽だし、娘さんはひとりで食べられて大満足だし、みんながハッピーな晩ごはんでした。
 
嬉しそうに「ない!」と言って空のお皿を自慢する娘さんの姿を見て、ぼく達は大いに反省をしました。
 
 
 

■ひとりで食べたい!1歳9ヶ月の欲求を満たしてあげる腹くくり

 
これまでは、ぼくか妻が娘さんにご飯を食べさせて、その間にどちらかが自分のご飯を食べる。
それが終わったら交代して、自分のご飯を食べる。
そうやって娘さんのご飯を食べさせていました。
 
だけど、もうそんなことをする必要はなかった。
 
娘さんは娘さんでひとりで食べて、ぼく達も普通に食べればよかったんです。
家族3人、一緒に「いただきます」するだけでよかった。
 
たまにサポートはしてあげるけど、お味噌汁だってご飯だって手やスプーンを使って自分で食べられる。
どこかで「食べさせてあげなきゃ」って気持ちがあったことが、娘さんをイライラさせていたんです。
 
娘さんはご飯をお味噌汁に浸けて食べるのが大好き。
毎回ぼくに「こっちー(ごはんをすくって)」「これー(味噌汁に浸けて)」「ちがうー(具を乗せたりすると怒る)」と、イチイチ指示を出していた。
一匙毎の指示出しは、もちろんぼくだって面倒だけど、彼女だって面倒くさかったんです。(当たり前だ)
自分で好きなように食べたい。なのに、好きなように食べさせてくれない。「もう食べる気なくなっちゃった」って思って当然です。
 
 
彼女がひとりで食べたいと思っている。
その気持を最大限叶えてあげることこそが、ぼく達がやるべきことだった。
 
床に新聞紙を敷くことで後片付けへの抵抗感がかなりなくなることも解り、早速東京に帰ってきてからも実践。
今日もたくさん、楽しそうに食べてくれました。
 
 
 

■さいごに!

 
子育てをしながら、「当たり前」のことが「当たり前じゃなくなっている」ことに気がつくことがあります。
「ご飯くらい自分の好きなように食べたい」そんな当たり前が、親の視点になった途端に「わがまま」に感じてしまう。
イヤイヤ期って、親がいかにその「当たり前」に気がつくか、が試されている時期でもあると感じました。
これまでは「親のペースで子育てを進めること」が当たり前だった。
だけど、これからは「子ども自身にとっての当然の権利」と「親が思うようにしたいペース」のぶつかり合いになりそうです。
 
子どもの視点に立って見た時に、親のエゴが出すぎていないか。
冷静に判断することが必要なんですね。
 
 
 
 
 
 
 

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