結婚して、子どもが生まれると自分の考えだけじゃいられなくなる

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きょうの家族言

寝かしつけが痛い。
頭突き、かかと落とし、パンチ。
ありとあらゆる攻撃を娘さんから受けます。
何よりも痛いのが、急所への頭突き。
なんでそんなことになるのかは、なかなか説明が難しいので省きますが、
とにかく。
寝かしつけが痛いのです。。。
 
 
結婚して、子どもが生まれると自分の考えだけじゃいられなくなる
自分の価値観って、思っていた以上にコロッと変わってしまったりします。
たとえば独身の友人と飲みに行ったりして話しをしていても、価値観がまったく噛み合わなかったりする。
それは大切にしているものが違ったり、変わったりしたからだと思うのです。
 
 
仕事についての価値観。
家族についての価値観。
遊ぶこと。時間の感覚。お金の使い方。
 
本当に多くのことが、昔の自分とは(または独身の友人とは)違ってきたんだと感じる。
これは別に「変えよう」と思って変わったわけでもなく、「変えなきゃ」と思って変えたわけでもない。
どちらかと言うと「変わらざるを得なかった」感じ。
 
これまでは自分の価値観って自分だけのものだった。
だけど家族ができて、子どもが生まれたことでぼくの価値観はぼくだけのものではなくなっていました。
我を通すにあたって考えなくてはならないことが増えたんです。
 
 
例えば、遅くまで残業したい、と思ったとしてもその負担はもう自分の身体の問題だけじゃない。
自分が帰らないことで負担がかかってしまう家族がいる。
例えば、休日は何もしないで遅くまで眠っていたい。
自分がそうすることで、家族の予定が狂うかもしれないし、生活のリズムを邪魔することになるかもしれない。
 
これまでは、自由にそうできたことだけど、それぞれに家族とのコミュニケーションが必要になってくる。
残業ができないわけじゃなく、残業できることに対して家族への感謝を伝えることが大切だったり。
休日にゆっくり眠らせてくれたことへの感謝はもちろん、その後しっかり子どもの相手をしてあげたり、家族で出かけたりする必要があるかもしれない。
 
 
「俺の価値観」「俺の考え」「俺の時間」「俺の自由」そういったものが及ぼす影響先が家族になった。
そういったものが「わがまま」になってしまう可能性が増えてきた。
 
それが「結婚が不自由」と思わせてしまう要因なのかもしれません。
でも、「俺の価値観」ってものがそんなに大切なものなのか?とも思います。
家族よりも大切な価値観であれば、無理して変えることもない。
でも、そうでないなら時には変えたり、寄り添い合うことも必要。
 
 
家族の変化や仕事、環境の変化で自分が大切にすることも変わります。
変わらないことの大切さもあるかもしれないけど、ぼくは変わり続ける柔軟さに憧れたりします。
たぶん、根っこが頑固で、なかなか変えられない自分がいるからなんだろうなぁ。
 

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