「もっともっと!」親だって欲張りだから。河口恭吾の”桜”を聴いて。

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きょうの家族言

ついに、娘がストッケ(子ども用の椅子)から落ちました!
晩ごはんを食べている時、いつもストッケの上に立ち上がって背もたれに座ったり机に乗ろうとしたりして遊んでいる娘さん。
いつも落ちないように支えて、また座らせるのですが(ちなみに一回のごはん中に10回くらいこれを繰り返すんです)きょうはそのまま頭から落下。
妻がかろうじて足を掴むけど、ギリギリ間に合わず。
 
びっくりして泣いた後は、何事も無くまたごはんを食べていたけど椅子からの初落下は、ぼく達もびっくりでした。
これから、もっと大きくなってくると色んな所から落ちたり、怪我したりするんだろうと思います。
親も、そのドキドキに慣れていかないとなぁ。
 
 
 
河口恭吾の「桜」
ちょうどいま、「しくじり先生」を見ているのですが感動してしまいました。
ミュージシャンの河口恭吾さんが今回のしくじり先生。
「桜」と言う曲で一発屋になってしまって、その後のつらい体験や、あんなに売れた「桜」を嫌いになってしまった事を話しています。
 
なんと、もともとドラえもんとのび太の関係を歌ったというこの曲。
その事実にも驚きますが、昨年、息子さんが生まれた時この曲への見方がガラリと変わったそう。
 
「親が子どもを想う気持ち」という視点で歌詞を見つめた時、曲の持つ違った魅力が見えてきます。
 
 
”桜”
僕がそばにいるよ
君を笑わせるから
桜舞う季節かぞえ
君と歩いていこう
 
 
親の気持ちって、本当はシンプルなんだろうと思った。
親だって欲張りだから、子どもには色んなことを求めてしまうかもしれない。
元気でいてくれたらそれだけで充分って、いまは思っているけど、幸いにして元気で健康なまま成長してくれたら、今度はそれにプラスして違ったことだって望むかもしれない。
 
「もっと」は言い出せばきりがない。
 
それは、子どもに望むことだけでなく、親としての自分自身へのプレッシャーも同じかもしれない。
「もっと、子どものためにできることがあるはず」
「もっと、子どもに負担をかけさせたくない」
「もっと、子どもには勉強に(習い事に、部活に・・・)集中してもらえるように、親ががんばらないと!」
本当は、いまでも充分にがんばっていてそれ以上なんて必要ないかもしれないのに。
 
たった1歳の娘を持つぼくだって、「もっと娘においしいごはんが作れるはず」「もっと家をキレイにしておくことができるはず」「もっと同じ時間の中でも仕事をうまくできるはず」などもっとももっとって思っています。
向上心に繋がるのならいいのかもしれない。でも、それが重くのしかかるようならがんばり過ぎかもしれない。
 
 
「僕がそばにいるよ。君を笑わせるから」
 
本当は、そんなことがちゃんとできていたら、他のことがちょっとうまく行かなくたって気にすることなんてないのかもしれない。
なんでも「もっと」って思いすぎて、「笑わせてあげる」ことができなくなるようなら本末転倒だよなぁ。

それにしても、いままでちゃんと聞いたことなかったけど親視点で聴くと、改めて本当にいい曲だなぁって思います。

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