落語から学んだ、人前で話しをする時に大切にしていること

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きょうの家族言

娘さんはお肉があんまり好きじゃない。肉団子やハンバーグ、お肉の炒め物。
モグモグして、食べるかと思ったらそのままべーって出します。
別に嫌な顔するわけでもなく、さも当たり前のように出します。。。
 
でも、そらジローを見ているときはTVに集中しすぎて、べーって出すことも忘れて飲み込んでます。
そして、めっちゃ楽しそうに笑ってます。
子どもって不思議だよなぁ。
 
 
落語ってオモシロイ
ここ1〜2年、落語を面白く聞くようになりました。
聞くようになったキッカケは、人前で話しをするのが苦手だから。
苦手だけど、講演や講座で話しをすることは多い。なにか、「話しをする」ことのヒントになることはないだろうか?
そう思ったのがキッカケでした。
 
でも、聞いているうちにまぁとにかく単純に面白い。
電車なんかで聞いていたらついつい笑ってしまったり、集中しすぎて乗り過ごしてしまったりするほど。
 
 
 
マクラという、演目に沿った小噺から落語が始まります。
会場の様子、自己紹介などからすーっとマクラが始まっていく。生きるだの、死ぬだのって話しをしていたらいつの間にか「死神」の演目が始まっていたりする。
この導入で聞く人の心をわしづかみしてしまうんです。
 
落語を楽しんでいる時のような時間。そういった話しをすることができるようになれたらいいなぁと思います(とてもじゃないけど全然無理ですが)
 
 
 
落語を楽しんでいる時のような時間をつくりたい。
とはいえ、ぼくは噺家でもなければ、芸人でもありません。面白く人を笑わせることなんて全然できない。
ぼくが落語にしろ、人の話しにしろ「面白いなぁ!」と思うのは「共感」が得られた時。
つまり「あるある!」って思っている時こそ、その人の話しにのめり込んでいる時だなと思いました。
 
 
落語だって「こんな奴いるよなぁ」って思うとついつい笑っちゃう。
新作落語の「はんどたおる(立川志の輔)」なんかはもう、共感の嵐です。
 
「笑わせる話し」ができなくても「共感してもらう話し」なら少しはできるようになるかもしれない。
参加してくれている人たちが「あぁ、これはうちにも当てはまるなぁ」って思ってもらえることがひとつでもあれば、
きっと楽しい時間を一緒に過ごすことができる。
 
 
言いたいこと、伝えたいことがたくさんあると、どうしてもそれを「話そう」と思いすぎて必死になってしまう。
結果、お客さんを置き去りにしたまんまで話しが進んじゃうことになってしまう。
伝えたいことを伝えるためには、ひとつでも多くの「共感」を得ることに注力しないといけないんじゃないかと、落語を聞いていて思いました。
 
言うは易しで、それができるようになるまでには、まだまだですが。
話しを上手にできるようになりたいと思って聴き始めた落語が、すっかり楽しみの時間になって、特をした気分です。
 
 
 

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