一番の「親孝行」って〇〇なこと、なんだろうなぁ。

f:id:tadaima_miki:20160206123918j:image

寝落ち:子どもの寝かしつけをしながら、親もいつの間にか落ちてしまうこと。不慮の事故のような出来事。

昨夜はすっかり寝落ちしてしまいました。
やられました。。。
気づけば朝です。娘が大暴れしながら起き出しました。
親孝行って忘れないことなのかなぁ。
先日、久々に学生時代の友人と飲みに。
そんな中、話しは自然と自分たちの親の話しに。
親も定年を迎えていると、夫婦間や親戚同士の関係など色んな所に問題が出てきたりする。
これって、自分たちが子どもの頃には見えなかっただけで、意外とその歪みみたいなものは昔からあったんだろうとは思うのですが。
いづれにせよ、自分も結婚をして子どもが生まれたりすると、血縁親族の関係性ってよりクリアに見えてくる。
ひとつには、親族たちが僕たちに子どもが生まれたことで人間関係を含めた継承をし始めるのだと感じます。
要するに、子どもも生まれたことだし、もうそろそろ一人前として裏事情も知っておいていいだろう、的な。
それぞれの家庭事情
特に僕も友人も田舎出身なので、田舎独特な親族価値観ってある。
すこし閉鎖的で、父権的というか。
そうした中で、母親が更年期でかなりのヒステリーをおこしてしまっていたり、父親もそんな妻の相手に限界だったり。
わが家でも、これまで東京住まいだった両親が鳥取に帰ったことで、生活の変化や仲の良かった友達と離れてしまう寂しさなど、大変さを抱えています。
忘れられることって恐怖なんだな。
ぼくに子どもが生まれて変わった価値観のひとつが「死ねない」という死生観。
「死にたくない」ではなくて「死ねない」。
その理由のひとつが、娘がぼくのことを覚えていない未来への恐怖、があります。
覚えていないという事は、記憶の中にぼくと娘との関係性がない、ということ。
なんだかとても切なくなります。
そう思うと、遠く離れた親も子どもたちが自分たちのことを気に留めてくれていることや、思い出話しをすることってすごく嬉しいのかと思います。
もし娘が、寝かしつけのことや、保育園のこと、一緒にごはんを食べたり、遊びに行ったこと。覚えていて、大きくなった時に話してくれたら最高に嬉しいんだろうなぁ。
そう言えばうちのじいちゃんが、「一緒に〇〇に行ったこと覚えてるか?」ってよく聞いてきた。その時は「覚えてるわけねーじゃん」なんて思ってたけど、覚えてもらえてることって嬉しいことだったんだろうな。

無料メルマガ”tadaima通信”の購読はコチラからどうぞ!

家事シェア実現のための
ここだけのメソッドを順次公開!
4 SPECIAL CONTENTS
GET!tadaima通信

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)