自分の都合なんて全部後回し。ちゃんと叱るってのも凄いことだ。

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今日は妻と帰りが一緒になったので、保育園へ一緒にお迎え。

やっぱり一緒に迎えに行くと嬉しいのか「うんッ!うんッー!」と、いつもより大はしゃぎ。
食べ物の好き嫌いがでてきたり、喜びや戸惑いが態度に表れたり。
毎日毎日、めまぐるしく成長しますな。
 
それにしても、1回「べー」って吐き出したごはんを、美味しそうに再び手づかみで食べるのはなんなんだい。
反芻してるのかい。。。
 
 
 
自分の都合なんて全部後回し。ちゃんと叱るってのも凄いことだ。
今月23日の土曜日。NPO法人マドレボニータが主催する、ワーキングマザーサミットに夫婦でゲスト登壇します。
 
僕達夫婦は第2部。
テーマトークは「父・母となって働くこと。私たちのリアルと未来」
 
今日はその打合せがあったため、一緒に帰ることになったんです。
そんな打合せの中でふと思ったことがありました。
子どもが生まれて変わったこと。
それは、働き方や家事のやり方だけじゃない。人との接し方の軸、みたいなものももしかしたら変わりつつあるのかなと。
 
 
娘をちゃんと叱れるか!?
自分の父親しか、いわゆる父親像がないもんで、自分が父親としてどう振る舞えばいいのか、常に試行錯誤です。
いま娘は1歳。
言葉で反抗してくることは、まだありません。
でも、そう遠くないうちに自分の意思をハッキリと言葉と態度で示すことができるようになる。
 
そうなった時に、不安に思うのが「叱り方」。
 
いまでも、ごはんの時に椅子から立ち上がってしまう娘に対して「座りなさい」と叱ることはあります。
だけどわかっているのか、いないのか。めっちゃ嬉しそうにニコニコしていたりする。
 
妻曰く「この子はわかった上で笑ってる!」とのこと。
 
なるほど。そういうものかもしれない。。。
 
 
そんな日々のちょっとした「叱り」を繰り返しながら、自分でもびっくりする変化に気が付きました。
それは、「例え娘に嫌われても、娘にとっていけないことであればそれを伝えることに、なんの迷いもない」ということ。
 
いや、当たり前のことかもしれないのですが、僕にとっては新鮮な気付きでした。
 
 
知人を叱る!?
ぼくの今年の目標のひとつに「コミュ障改善」があります。
と、言うくらい人と接するのが得意ではない。
 
そんななので、人と声を荒げて喧嘩するなんてことは大人になってからはほとんどありません。
ちょっとした注意を(例えば部下や後輩などに)するのも、結構ドキドキしながら伝えます。
「こんな言い方したら傷つくかな?」「俺だって全然完璧なんかじゃないしな」
なんて余計なことが頭をよぎるからです。
 
そして怒ったり、注意するのってとにかく疲れる。
だから、ぼくにとって関係性がそんなに深くない人であれば面倒くさいので、多少不快なことがあってもいちいち怒りません。
それきりの関係であれば、注意すらしません。
 
注意したり、叱ったりするのって自分にとって本当に大切な人たちに対してだけです。
 
それでも、やっぱり「嫌われたら嫌だなぁ」くらいは頭をよぎります。
 
 
 
自分の都合なんて全部後回し。誰かのために叱ること
娘に対して叱る時。
それは、危ない時や、いけないことをしている時。
これから娘に対してどれだけ自分の都合や感情が入ってしまうかはわからないけど、
娘を叱るにあたって「嫌われるかも」とか「傷ついちゃうかな」なんて心配はしないんだなと思います。
完全な答えがたとえ自分の中になくても、面倒くさくても、一生懸命叱るんだと思います。
 
自分の父親や母親が、そうしてくれていたように。
 
 
 
 
父になって何より変わったこと
1月に登壇するワーキングマザーサミット。
この場では、主に働き方と父親としての迷いや、工夫していることをお話しさせて頂きます。
外に出る上で変わったことも色々とありますが、
自分の内面として、変わったこともあるんだなと改めて感じさせてくれた打合せでした。

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