みんながんばってんだな。

今日は経堂にある、生協の生活クラブと言う所におじゃまして来ました。

ここは、地下に無農薬の健康カフェ(食材は全て生協のもの)。1Fが生協の会員制スーパー。2Fが子育てのためのコミュニティスペース。その他、イベントスペースや憩いの屋上などがある、とても充実した所でした。

ひょんな事で出会った、そこのプロジェクトリーダーさんに丁寧に案内して頂きました。
そこでは、地域の人と人とが繋がり、助け合える環境を作る一助を担いたいとがんばっている人達や、そのコミュニティに属す事で安心して過ごす人たちがたくさんいました。

東京で一人暮らしをしていると、地域コミュニティの大切さって実感する事はとても少ない。
だって、商店街のおじさんやおばさんと仲良く話しをしたり、お隣さんとコミュニケーションをとったり何て事はほとんどない。皆無の人も多いのではないでしょうか。

自分の住む町に、どんな人が住んでいるのか。ましてや隣に誰が住んでいるのかすら分からない現状。
その中で、地域のコミュニティをもっと活性化させようと、色んな活動を始めている人達が増えて来ている。

それでも、コミュニティの大切さってなんだろう?と実感が湧かない部分があるのも事実だった。
自分には自分のコミュニティがある。それは、友人であり、恋人であり、家族だ。

こう言ったコミュニティがある限り、地域のコミュニティは本当に必要なのだろうか?と思っていた時期もあった。
それは、すごく単純に言ってしまうと、僕が「若かった」から必要を感じなかったのだろうと思う。

「若い」と言うのは、年齢が若くて考えが足りなかった、と言うだけではなくてそれだけ元気で、活動的で、好奇心に満ち溢れていたと言う事。つまり、自分の住む「町」という単位の地域が狭かったように感じていたのです。

人は、活動的に動けなくなる時がある。
人は、人を必要とする時がある。
人は、誰かに助けを求める時がある。

そんな時に、友達は忙しいかもしれない。
そんな時に、恋人はあなたを助ける術を知らないかもしれない。
そんな時に、家族は遠すぎるかもしれない。

自分の「生活」のフェーズが変わる時、人との付き合い方、人に求めるモノ、与えられるモノは変わってくる。
子どもが出来たら、子育てに関する細かいアドバイスが欲しい。町の人たちが自分の子の顔を知っていれば、万が一自分の目から離れてしまった場合でも安心できる。

同じ町に住む人と交わす挨拶一つで、ネガティブだった心が少し、癒されるかもしれない。

自分も、誰かに何かアドバイスしてあげられるかもしれない。

地域のコミュニティは、家族の次に身近な、自分の居場所なのかもしれない。

世界中に、顔の分からないコミュニティを持つ事よりも、すぐ近くに住む人たちと交流を持つ方が、本当は必要なのかもしれないな。

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